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「不戦勝」について

諸賢のご意見を伺いたく、高校野球開始当初の野球規則にご知見をお持ちの方いらっしゃいましたらご教授いただきたく、以下経緯をご説明いたします。

経緯説明がかなり長くなってしまいましたので、長々とした経緯説明を不要と思われる方は本頁末尾の2つのご質問をご覧ください。

先日、「新潟の読者」様より以下のようなコメントをいただきました。
以降いくつかコメントをやりとりして議論させていただいておりましたが、非常に難しい課題であるため、公開の場で広くご意見を伺いたいと考えました次第です。(もっとも、コメントはそもそも公開されているのですが、そこまでご覧になっておられる方は多くないと思い、記事に起こしました。)

以下、コメントを省略せずに転載いたします。

====ここから====
はじめまして

夏予選全リストはすばらしいです。

全国にわたるリストはネット上では初めて見たので感激です。

疑問点は

上戦勝とあるのは不戦勝でしょうか。

1915 徳島師範対徳島商 スコア上明とあるのはスコア不明でしょうか。

没収試合もすべて棄権とするのでしょうか

たとえば

1918 今治中対丸亀中

1921 攻玉舎中対高輪中

====ここまで====


この件に関しまして、私の方から以下のご返信をいたしました。
====ここから====
新潟の読者様

水銀です。コメントありがとうございます。

現状、まだ第12回大会までしか入力が終わっておらずまだまだ先は長いですが、応援していただけると気力が湧いてきます。

先日、朝鮮の学校「儆新中」を正しく表示するために文字コードをShift-JISからUNICODEに変換したのですが、その際に私の作業にミスがあり、いくつか表示がおかしくなっておりました。「上戦勝」「スコア上明」もその関係と思います。本日、文字コードを再度修正いたしましたので、今は正しく表示されているかと思います。ご不便をお掛けいたしまして、申し訳ございません。

「不戦勝」に関しましては、ご指摘の通り正しくは没収試合とするのが適切な試合もいくつかあると思います。これについては現状、公刊大会史にはスコアの箇所に「(棄)」(棄権の意か)とか「(違反)」とか「(不戦勝)」などの表記が、その表記自体の定義は記述されないままに使用されています。「(不戦勝)」についてはトーナメントでのくじ引きにおいて2回戦からの登場となった場合に1回戦を不戦勝、の意味で記述されている箇所もあるのですが、その他に関しまして、一応、試合結果によらず裁定などによって勝敗が決せられている試合を一律「不戦勝」と記載しております。これについては一つ例外がありまして、1923年山陽大会の長府中対津山中に関しましては公刊大会史には「長府中 8-1 津山中」とスコアの記載があり、かつ「長府中は試合に勝ったが選手に無資格者があり、失格となる」との記載があり(この記載に従えば現代のルールではこの試合は没収試合となりますが、当時の野球規則は現代とは異なっていたのでしょうか)、長府中は試合の勝者ではあるがトーナメントの次の試合には進めなかった、と扱っております。

この方針は、実は「にっぽんの高校野球」シリーズの記載方式から採用しています。「にっぽんの高校野球」シリーズでも、わりと最近の試合については「放棄試合(≒没収試合)」と記載されている箇所があり、おそらく昔の試合については詳細不明ですが最近の試合については情報が得られる、といった事情によるものかと思われます。

これは私の不勉強なのですが、当時の野球規則に関しましてはほとんど不明でして、「試合結果によらず裁定などによって勝敗が決せられている試合」について具体的にどのような規定に基づいてどのような判断により勝敗が決定されていたのかは、正直よく分かっておりません。
ご指摘の2試合に関しましても公刊大会史では、「1918 今治中対丸亀中」は「(棄権)」、「1921 攻玉舎中対高輪中」は「(違反)」と記載されており、両者の違いはよく分かりません。
したがいまして正直なところ、「よく分からないので一律、不戦勝」としている一面もあります。そういった意味では、今後、より詳細な情報を得ることができましたら、記載を改めるかもしれません。

====ここまで====


このように私が情報提供をお願いいたしましたところ、「新潟の読者」様より以下の情報をご提供いただきました。
====ここから====
この年の話題としては四国大会のトラブルがある。
同大会は八月一日から六日まで高松中のグラウンドで行われた。
決勝は今治中ー丸亀中。
今治の一塁手が丸亀の走者にスパイクされて負傷した。
試合を中止して手当てをすることになったが、
前日から丸亀中の応援団などの行動を注視していた香川県当局は、
この時になって丸亀中選手の態度は学生の本分にそむくものとして
監督権を行使し、丸亀の出場を禁止した。
このため丸亀中は棄権扱いとなり、今治中が初の代表となった。

「甲子園グラフィティⅠ」


高輪四A、攻玉舎二

(試合経過記事あるも省略)

攻玉の勝ちとなる

高輪対攻玉社の試合後高輪中学の選手中に同校生でないプレヤー三名を加えて
ゐた事が明瞭となつたゝめ大会規定に依り高輪を除名し攻玉社の勝に決定した
因みに高輪中は競技精神に悖つた理由を以て以後本大会に参加を謝絶すべく
主催者より通告する筈

1921年7月30日付「大阪朝日新聞」

====ここまで====


上記2試合に関する情報のご提供をいただきまして、私の方から以下ご返信をいたしました。
====ここから====
新潟の読者様

情報提供ありがとうございます。

高校野球の戦績は膨大な情報量ですので、どうしても一試合毎に割ける調査時間は非常に限られてしまいます。それを補っていただく意味で、こういった情報のご提供は本当にありがたく思います。

高輪中は1921年のこの試合以来1931年まで東京予選に参加しておりませんが、このような背景があったのですね。この程度のルール違反なら現在ならば1年間の対外試合禁止にすらならないと思いますが、当時は随分と厳しかったのですね。10年も干されるとは…。

いただきました情報を拝見させていただいたのですが、一つ私が気になっているのは「没収試合」という表現についてです。前回の私からのお返事にも申し上げましたが、現在の野球規則であれば当然没収試合になっている試合が当時はそう扱われていませんし、今回いただきました情報にも没収試合という言葉は使われておりませんので、これは私の推測ですが、おそらく当時の野球規則には「没収試合」という概念は存在しなかったのではないか、と考えております。

したがいましてご指摘の2試合に関しましては「不戦勝」の備考を改めまして、公刊大会史の表現に準じまして「棄権」「違反」の備考を付すのが適切ではないかとの考えに至りました。

今後もお気付きの点やご意見ございましたら、ご遠慮なくコメントをいただけますようよろしくお願いいたします。

====ここまで====


以上のように、ご指摘の2試合について備考の訂正をご提案いたしましたところ、「新潟の読者」様より以下のご返信をいただきました。
====ここから====
私は公刊大会史は1度も読んだことがありませんし、
「にっぽんの高校野球」も書店でざっと目を通しただけで
1冊も所有していません。

「不戦勝」とは「シードで1回戦不戦勝」という意味で使うほかは
対戦相手が大会(試合)参加を辞退、または主催者から禁止されたため、
試合を行わずして勝者となったと理解していました。

たまたま、上記2試合の記録が手元にあったため、差し出がましい
のではないかと思いつつも、質問をさせていただきました。

膨大な作業量を思えば、個々の試合の詳細に拘泥せず、
リスト作成を最優先するというのは極めて妥当と私も賛同します。

以上、僭越ながら卑見を述べさせていただきました。

リストの完成を心から願っておりますので、何のお力にもなれませんが
応援だけはさせていただきます。

====ここまで====


このご返信をいただきまして、ようやく私は「新潟の読者」様がご指摘されているのは直接言及された2試合のみではなく、「不戦勝」の語の使用法なのであると気付きまして、以下のご返信をいたしました。
====ここから====
新潟の読者様

コメントありがとうございます。

申し訳ございません。どうやら私が新潟の読者様のコメントの真意を誤解しておりましたようです。
新潟の読者様のおっしゃる真意は、ご提供いただきました情報の2試合に限らず、全般的に「不戦勝」という言葉の使用の是非を問うていらっしゃるものと理解いたしました。
より詳しく述べれば、少なくともご指摘の2試合は試合自体は実施しており、「不戦」勝ではない、というご指摘だと思います。

私はあまり深く考えずに「不戦勝」という言葉を使用してしまっていたのですが、調査してみましたところこの言葉は用語としては不適切であるようでした。
少なくとも、現在の野球規則では「不戦勝」という言葉は使われておりません。
また、新潟の読者様はご覧になったことがないとのことですが、私が情報源として依拠しております公刊大会史にも、実は「不戦勝」の語は使われておりません。

したがいまして、語の使用が不適切であったと反省しております。

例えば日本語版Wikipediaでは「不戦勝」の項目には「放棄試合」へのリンクが貼ってあり、「放棄試合」の項目では没収試合のことが説明されております。
つまり、「不戦勝」と「没収試合」をほぼ同義の言葉として取り扱っているようです。
もし、ほぼ同義であるならば野球規則にも使用されている「没収試合」の言葉の方を使用するのが妥当であると思われます。

もっともWikipediaはなんら公式のものではありませんので、この情報に従って判断を下すのは危険ではありますが、参考にはなるかと思います。

しかし、やはり気になるのは、当時「没収試合」の用語を使用していたかどうかはやや疑わしいということです。
私が確認いたしましたところ、「没収試合」の語が用いられるのはプロ野球では1940年代後半以降、つまり戦後から、高校野球では1950年代に入ってから以降のようです。となりますと、「不戦勝」の用語を何に置き換えるのが妥当なのか、迷うところです。

また、予選の試合について1915年から現在まで全部を確認したわけではないので正確なことは申し上げられませんが、少なくとも大正期の予選においては意外と公刊大会史に「(棄)」との記載のある試合が多数ございます。おそらくこれは敗北校側が棄権したという意味であろうと思いますが、この「棄権」に関して試合前に試合を辞退したのか、試合中に棄権したのかは分かりません。
ですから、もし「没収試合」の語を用いるとしましても、これが新潟の読者様のおっしゃる「不戦勝」と「没収試合」のどちらに分類すべきかは、前回新潟の読者様がご提供くださったような当時の記録などを参照しなければ判断できないことになります。

おそらく当時は、棄権したのが試合前であっても試合中であっても、「棄権」の一語で済ませていたのではないでしょうか。

となりますと私の結論といたしましては、「不戦勝」を改めまして「棄権」とするのが妥当だと思われます。

お忙しいところお手数ですが、もしこのコメント返信をご覧になられましたら、上記私の結論に関しまして、新潟の読者様のご見解をいただけませんでしょうか?

====ここまで====


現状、コメントのやり取りはここまでですので、上記の私のご返信に「新潟の読者」様がどのようなご見解をくださるかは現段階では分かりません。しかし私は、少なくとも「不戦勝」の語は不適切であったかな、と思っております。

おそらく高校野球初期はまだまだ部員数も少なかったでしょうから、大正期に多数存在する「(棄)」の試合は様々なコンディションによりメンバーが9人に満たなくて棄権したケースが多いのではないかと思われます。とすればこれは、現在であれば「没収試合」とすべき試合です。それを「(棄)」と表現しているのであろう、と私は推測しております。

そこで、でき得れば知りたい点は以下2点です。

1.「没収試合」とは、いつから野球規則に取り入れられたルールなのか
もし、公式野球規則に取り入れられた時期と、それが高校野球の試合に適用されるようになる時期が異なっているのであれば、高校野球の試合に適用されるようになる時期も合わせてご教授いただけますと幸いです。

2.「没収試合」制定前は、現代であれば「没収試合」とされるような試合は記録上どのように扱われていたのか
上記のようなメンバー不足であれば「棄権」なのであろうと推測いたしますが、現代のルールで没収試合になるケースは他に「無資格者の試合参加」や「悪質な反則行為」など計10ケースほどあるようです。10ケース全ての実例があるのかどうか分かりませんので、全てがどう扱われていたのかを網羅することは難しいかと思いますが、これらのケースの内の一つでもご存じでしたら情報のご提供をいただけますと大変助かります。例えば、「新潟の読者」様からご提供いただいた情報では1918年の今治中対丸亀中において、「悪質な反則行為」に対して「棄権扱い」としているようです。

以上2点、ご存じの方いらっしゃいましたら、お手数ですが情報をご提供いただけませんでしょうか。
どうかよろしくお願いいたします。

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1917年第3回全国中等学校野球大会地方予選参加校数の疑問

1917年第3回全国中等学校野球大会地方予選の全試合を整理していたのですが、この大会への参加校数が公式発表と合わない事態が起きています。

公式発表による参加校数は「全国高等学校野球選手権大会70年史」(1989年刊)によると118校なのですが、地方予選全試合をまとめた結果、参加校は以下の通りです。
参加大会 校名 地方
1 東北 秋田中 秋田
2 東北 一関中 岩手
3 東北 盛岡中 岩手
4 東北 仙台一中 宮城
5 東北 仙台二中 宮城
6 東北 築館中 宮城
7 東北 会津中 福島
8 東北 福島中 福島
9 東北 福島師範 福島
10 関東 土浦中 茨城
11 関東 水戸商 茨城
12 関東 竜ケ崎中 茨城
13 関東 横浜一中 神奈川
14 関東 横浜商 神奈川
15 関東 麻布中 東京
16 関東 荏原中 東京
17 関東 慶応普通部 東京
18 関東 成城中 東京
19 関東 大成中 東京
20 関東 高輪中 東京
21 関東 豊島師範 東京
22 関東 明治学院中 東京
23 関東 立教中 東京
24 関東 早稲田実 東京
25 関東 早稲田中 東京
26 北陸 長岡中 新潟
27 北陸 高岡中 富山
28 北陸 富山中 富山
29 北陸 富山師範 富山
30 北陸 石川師範 石川
31 北陸 金沢一中 石川
32 北陸 金沢二中 石川
33 北陸 金沢商 石川
34 北陸 七尾中 石川
35 北陸 長野師範 長野
36 東海 岐阜中 岐阜
37 東海 曹洞三中 愛知
38 東海 愛知一中 愛知
39 東海 愛知二中 愛知
40 東海 愛知四中 愛知
41 東海 愛知五中 愛知
42 東海 愛知二師範(岡崎師範) 愛知
43 東海 愛知工 愛知
44 東海 明倫中 愛知
45 東海 三重四中 三重
46 東海 四日市商 三重
47 京津 滋賀師範 滋賀
48 京津 彦根中 滋賀
49 京津 京都一中 京都
50 京津 京都二中 京都
51 京津 京都府五中 京都
52 京津 京都一商 京都
53 京津 京都師範 京都
54 京津 京都染織 京都
55 京津 同志社中 京都
56 京津 平安中 京都
57 京津 立命館中 京都
58 大阪 八尾中 大阪
59 大阪 市岡中 大阪
60 大阪 大阪市工 大阪
61 大阪 大阪商 大阪
62 大阪 大阪貿易 大阪
63 大阪 関西甲種商 大阪
64 大阪 北野中 大阪
65 大阪 明星商 大阪
66 大阪 桃山中 大阪
67 兵庫 育英商 兵庫
68 兵庫 伊丹中 兵庫
69 兵庫 関西学院中 兵庫
70 兵庫 神戸一中 兵庫
71 兵庫 神戸二中 兵庫
72 兵庫 神戸商 兵庫
73 兵庫 第一神港商 兵庫
74 兵庫 姫路中 兵庫
75 兵庫 姫路師範 兵庫
76 兵庫 御影師範 兵庫
77 紀和 奈良師範 奈良
78 紀和 高野山中 和歌山
79 紀和 耐久中 和歌山
80 紀和 田辺中 和歌山
81 紀和 和歌山中 和歌山
82 山陰 倉吉中 鳥取
83 山陰 鳥取中 鳥取
84 山陰 米子中 鳥取
85 山陰 杵築中 島根
86 山陰 島根商 島根
87 山陰 浜田中 島根
88 山陰 松江中 島根
89 山陽 岡山中 岡山
90 山陽 広陵中 広島
91 山陽 修道中 広島
92 山陽 広島中 広島
93 山陽 広島商 広島
94 山陽 周陽中 山口
95 四国 大川中 香川
96 四国 香川師範 香川
97 四国 香川商 香川
98 四国 高松中 香川
99 四国 丸亀中 香川
100 四国 徳島師範 徳島
101 四国 徳島商 徳島
102 四国 撫養中 徳島
103 四国 脇町中 徳島
104 四国 松山中 愛媛
105 九州 久留米商 福岡
106 九州 小倉中 福岡
107 九州 中学修猷館 福岡
108 九州 中学伝習館 福岡
109 九州 中学明善 福岡
110 九州 豊津中 福岡
111 九州 福岡工 福岡
112 九州 福岡師範 福岡
113 九州 福岡商 福岡
114 九州 八女中 福岡
115 九州 東山学院中 長崎
116 九州 長崎中 長崎
117 九州 宮崎中 宮崎

この通り、117校しか参加していません。残る一校はどこなのでしょうか?
情報お持ちの方いらっしゃいましたら、ぜひご一報をお願いいたします。

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