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正式版1942年大日本学徒体育振興大会全国中等学校体育大会野球大会終了時点中等学校ランキング

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>>正式版1942年大日本学徒体育振興大会全国中等学校体育大会野球大会終了時点地区・地方ランキングはこちら

ホームページ「高校野球ランキング」】でもいろいろなデータを公開しています
(本ブログの元データは上記ホームページ「高校野球ランキング」に格納しております。元データはデータの追加・削除・修正などにより不定期に更新されておりますので、本ブログの掲載データは古い可能性があります。最新のデータは上記ホームページをご参照ください。)

1942年(昭和17年)大日本学徒体育振興大会第1回全国中等学校体育大会野球大会終了時点でのランキングを発表いたします。

出場校は以下の通り。
1942 振興大会
代表校 地方 出場回数 現在校名 ランキング ポイント
北海道 北海中 北海道 北海 38 205.019
東北 仙台一中 宮城 仙台一 80 100.244
北関東 水戸商 茨城 水戸商 48 164.597
南関東 京王商 東京 専大付 103 77.532
中部 松本商 長野 松商学園 25 355.698
北陸 敦賀商 福井 敦賀 72 118.401
東海 一宮中 愛知 一宮 9 684.625
近畿 海草中 和歌山 向陽 4 1367.955
京滋 平安中 京都 龍谷大平安 5 1085.288
大阪 市岡中 大阪 市岡 26 346.848
東中国 滝川中 兵庫 滝川 19 469.056
西中国 広島商 広島 広島商 56 139.813
四国 徳島商 徳島 徳島商 21 445.232
北九州 福岡工 福岡 福岡工 13 545.882
南九州 大分商 大分 大分商 29 299.010
台湾 台北工 台湾 ※廃校 184 45.243

本大会予選終了時点ランキングの記事に記載しました通り、当時の文部省の都合によりその外郭団体・大日本学徒体育振興会が本大会を主催しました。従来の朝日新聞主催の夏の甲子園では全国から22校が出場していましたが、本大会では予選大会の地区割りが大きく異なっており、出場校は16校となっています。

今大会は大日本学徒体育振興大会として第1回の大会ですので、出場全校が初出場。出場校をランキングで見ると、最高ランクは4位海草中、次いで5位平安中で、保有ポイントが1000ポイントを越えているのはこの2校のみ。続く9位一宮中の保有ポイントが600ポイント台であることを考えると上位2校のポイントは突出しており、両校が優勝争いの中心となるでしょう。上位2校に挑むのは先述の一宮中と、500ポイント台の13位福岡工、400ポイント台の19位滝川中、21位徳島商といった面々。ただし、この時期は公式戦がほとんど実施されておらず、直近の全国大会は前年秋の神宮大会であり、甲子園の大会となると前年春の選抜まで遡るため、この時点での保有ポイントは時間軸的にやや離れた時点の実績を表していることとなります。そのため、上位2校と、追う400~600ポイント台の学校の間にそれほどの実力差は無い可能性もあります。つまり各校とも公式戦の経験が不足しておりますので、思わぬ展開となる可能性が低くないと思われます。「死球を避けてはならない」などの戦時中独特の特殊ルールもあり、先が読みにくい大会です。

大会は8月23日から29日まで7日間の開催。優勝候補の上位2校を中心に展開を追いますと、1回戦では4位海草中対184位台北工が3-2で海草中の勝利、5位平安中対26位市岡中が3-0で平安中の勝利。2回戦では4位海草中対13位福岡工が5-2で海草中の勝利、5位平安中対9位一宮中が2-0で平安中の勝利。

ベスト4は4位海草中、5位平安中、21位徳島商、56位広島商。準決勝第1試合は4位海草中対21位徳島商。試合は序盤から0行進。両校とも繰り返しチャンスを迎えるも、ミスや好守で得点できない状況が続きます。終盤に入って7回表、ついに徳島商が押し出し四球で1点先制。対する海草中は反撃実らず、1-0で徳島商が勝利。準決勝第2試合は5位平安中対56位広島商。こちらも0行進で試合が進むも5回表降雨ノーゲーム。翌日の再試合は1回表から広島商が3点先制、3回表にも1点追加して広島商ペースで試合が進みます。しかし5回裏、平安中が一気に4点返して同点、さらに7回裏にも4点奪って逆転し、そのまま8-4で平安中が勝利しました。

決勝は5位平安中対21位徳島商。準決勝第2試合が降雨再試合となった関係で、午前に準決勝第2試合を戦った平安中メンバーは続けて午後に決勝戦に臨む日程を強いられます。つまりダブルヘッダーです。今の感覚で見れば拙劣な大会運営ですが、当時は「鍛錬の野球は、よし肉体倒るゝとも、精神力だけででも頑張るといふところにこそある」と報道され、日程の不利は精神力で補え、というのが社会の風潮であったようです。そして実際の平安中メンバーは健闘を見せます。試合開始直後、1回表に平安中が1点先制。2回裏に徳島商が1点返して同点。そのまま試合は中盤へと進み、6回表に平安中が1点奪って再びリード。ここまでは接戦でしたが、終盤に試合は大きく動きます。なんと、7回裏に徳島商が一挙5点を返して6-2と大量リード。試合が決まったかと思った直後、今度は8回裏に平安中が一挙4点返して6-6の同点。そのまま延長に入ります。そして11回表、平安中が1点取ってリードを奪うと、その裏、徳島商が2点返してサヨナラ勝ち。終盤から急にドラマチックな展開となった試合でした。

今大会は第1回大会ということで優勝した徳島商はもちろん初優勝なのですが、同校にとっては全国レベルの大会での初優勝でもあります。徳島勢としても全国レベルの大会では初優勝です。この記念すべき全国大会初優勝の表彰状と優勝旗は1945年7月4日の徳島大空襲で焼けてしまいましたが、戦後の1977年になって文部省から賞状と盾が改めて贈られたとのことです。また、文部省はこの第1回大会の時点では次年度以降も継続して大会を開催する意向でしたが、翌年2月には日本軍がガダルカナル島を撤退、5月には山本五十六連合艦隊司令長官戦死、アッツ島で守備隊玉砕。戦局悪化により第2回大会が開催されることはありませんでした。

大会結果を反映したランキング(上位50校のみ)はこちら。
1942 振興大会
順位 前回順位 学校名 地方名 Pts増減 現在Pts
1 1 岐阜商 岐阜 -102.333 1880.514
2 2 東邦商 愛知 -42.931 1751.314
3 4 海草中 和歌山 16.255 1384.209 ベスト4
4 3 中京商 愛知 -156.592 1296.283
5 5 平安中 京都 53.444 1138.732 準優勝
6 6 島田商 静岡 -35.213 783.488
7 21 徳島商 徳島 286.274 731.506 優勝
8 9 一宮中 愛知 7.081 691.706
9 8 浪華商 大阪 -8.559 681.937
10 7 熊本工 熊本 -46.551 672.790
11 10 愛知商 愛知 -28.708 627.599
12 11 京都商 京都 -7.632 617.741
13 13 福岡工 福岡 30.767 576.649
14 12 享栄商 愛知 -53.749 530.177
15 14 下関商 山口 -11.804 510.687
16 17 海南中 和歌山 -6.451 474.077
17 19 滝川中 兵庫 1.624 470.679
18 20 高松商 香川 -1.984 457.284
19 16 呉港中 広島 -52.454 445.024
20 15 松山商 愛媛 -55.117 443.188
21 18 桐生中 群馬 -41.650 431.434
22 22 育英商 兵庫 -23.796 367.582
23 25 松本商 長野 3.925 359.624
24 26 市岡中 大阪 -0.494 346.353
25 23 早稲田実 東京 -50.002 338.001
26 24 長野商 長野 -35.525 330.670
27 28 京阪商 大阪 -15.565 297.486
28 29 大分商 大分 -4.327 294.682
29 27 明石中 兵庫 -45.883 287.038
30 31 日大三中 東京 -16.299 267.844
31 30 岡崎中 愛知 -25.802 261.076
32 32 小倉工 福岡 -6.079 260.855
33 33 日新商 大阪 -3.457 253.667
34 34 浅野中 神奈川 -20.198 216.520
35 35 高崎商 群馬 -15.317 207.357
36 37 甲陽中 兵庫 -5.783 203.174
37 38 北海中 北海道 -5.906 199.113
38 48 水戸商 茨城 32.587 197.184
39 36 愛知一中 愛知 -14.085 196.945
40 56 広島商 広島 53.276 193.089 ベスト4
41 41 膳所中 滋賀 -2.081 180.995
42 39 横浜商 神奈川 -16.780 180.941
43 40 慶応商工 東京 -16.459 177.445
44 42 千葉商 千葉 -5.897 175.715
45 44 志度商 香川 0.000 170.063
46 47 扇町商 大阪 0.000 165.080
47 46 静岡商 静岡 -4.517 163.098
48 45 神奈川商工 神奈川 -6.643 162.408
49 43 静岡中 静岡 -12.807 158.101
50 49 鹿児島商 鹿児島 -0.906 157.495
(50位以降を含めたランキング全体はこちら(正式版1942振興大会中等学校ランキング)です)

優勝した徳島商は14ランクも上昇して7位となり、同校初のランキングベスト10入り。徳島勢としても初のランキングベスト10入りで、四国勢としては1941年冬の五地区大会終了時に9位であった松山商(愛媛)以来1年半ぶりのランキングベスト10入り。準優勝の平安中はランク変わらず5位。ベスト4の海草中は1ランク上げて3位で、同校として過去最高ランク。ベスト4のもう一校、広島商は16ランク上昇して40位で、同校としては1941年冬の五地区大会終了時以来1年半ぶりにランキングベスト50に復帰。ランキング上位では中京商(現・中京大中京)が1ランク下げて4位となり、1933年冬の五地区大会終了時以来9年ぶりにランキングベスト3圏外となりました。また、徳島商と入れ替わりに、愛知商は1935年冬の五地区大会終了時点以来7年にわたって守ってきたランキングベスト10圏内の地位を失いました。愛知商のランク低下によりランキングベスト10圏内の東海勢は1校減りましたが、それでも5校。まだ十分多いと言えます。他には近畿勢3校、四国・九州勢がそれぞれ1校と、西日本勢で計5校です。東日本では東海勢以外は0校で、まだまだ地域的に偏在しています。1942年のこの時期、野球の大会は激減していましたのでポイント獲得の機会は少なく、この構図はまだ当面続くでしょう。

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疑問点

こんばんは。

この大会にはいくつか疑問点があります。

1:文部省が翌年度以降も継続開催予定ならば、朝日新聞主催の優勝野球大会との関係をどうするつもりだったのか。

2:参加17校の京滋が近畿に組み入れられず独立を保ったのに対し、参加26校の兵庫が東中国大会に組み入れられたのはなぜか。
換言すれば、京滋を近畿に組み入れ、兵庫はそのまま、中国は1代表にできなかったのか

3:沖縄県予選が途中で中止になったのはなぜか。

4:西中国予選でなぜ特別試合が行われたのか。

当然ご存じでしょうが、地方大会における(変則)ダブルヘッダーは戦後もしばしば行われていてそう珍しいものではありません。
敗戦でも日本人の精神性は大きくは変わらなかったということでしょうか。

Re: 疑問点

新潟の読者様

コメントありがとうございます。
確かにこの大会は資料が限られ、疑問点も少なくありません。
私も予選の試合結果を確定するだけでも一苦労で(結局推測を含めざるを得ませんでしたが)、大会の背景や経緯には不明な点が多々あります。お役に立てますか分かりませんが、私の知るところをご回答いたします。

1については、朝日新聞の当時の社告によると文部省から朝日新聞に送付された「一片の通牒」には「昭和十七年度以降は中等学校生徒の全国的野球大会は毎年一回とし、これを本省もしくは大日本学徒体育振興会主催の下に別途の形式により開催致す」とあったとのことで、朝日新聞主催の大会は以後認可せずに学徒振興大会に一本化する意向であったものと思われます。

2についてはよく分かりません。中公新書「野球と戦争」には「朝日新聞の大会との違いを出すためか、予選の地区も変更された」との著者の推論(おそらく)が述べられています。さすがに地区割り変更の全てが「違いを出すため」とは私個人は思いませんが、甲子園地元兵庫の「特別扱い」を解除する処置にはそのような思惑が含まれていてもおかしくないとは思わされます。

3については「沖縄県高校野球五十年史」には「沖縄でも一中、二中、那覇商の3校で競ったが共に1勝1敗で、再度優勝決定戦が持たれるものと思っていたが、戦争が激化するにつれて遂に沙汰止みになった」とあります。ただ、実際には1942年の夏ごろに目立った戦争の激化は生じておらず、その後に南九州大会、本大会が開催されていることを見るとどうも言い訳くさい印象はあります。実際のところはよく分かりません。

4については、全く情報を持ち合わせておりません。「変な試合だな」とは思いましたが、力及ばず、試合の趣旨・背景、経緯など一切不明です。

ダブルヘッダーについてはおっしゃる通りです。延長回数規定の変更や休養日の設置なども経緯は似ていますが、高野連は世間の注目を浴びて、「高校野球の常識」をご存じない一般の人々からの批判を受けると途端に腰砕けになって制度を変更します。逆に、一部の高校野球ファン(当然、「高校野球の常識」は知っている人々)くらいしか注目しない地方大会の運営などで批判を受けてもなかなか改善しません。内には権威主義的で外には迎合的な姿勢というのは、典型的な日本の「組織文化」ですが、いろいろ理屈を付けるにしても、よろしくない文化です。高野連は球児のことを過少に評価しているのかもしれませんが、高校生ならこのような「大人の嫌らしさ」には気付いているでしょう。高野連はまさしく裸の王様です。そのあたりの精神性も、変わっていないように思います。

> こんばんは。
>
> この大会にはいくつか疑問点があります。
>
> 1:文部省が翌年度以降も継続開催予定ならば、朝日新聞主催の優勝野球大会との関係をどうするつもりだったのか。
>
> 2:参加17校の京滋が近畿に組み入れられず独立を保ったのに対し、参加26校の兵庫が東中国大会に組み入れられたのはなぜか。
> 換言すれば、京滋を近畿に組み入れ、兵庫はそのまま、中国は1代表にできなかったのか
> 。
> 3:沖縄県予選が途中で中止になったのはなぜか。
>
> 4:西中国予選でなぜ特別試合が行われたのか。
>
> 当然ご存じでしょうが、地方大会における(変則)ダブルヘッダーは戦後もしばしば行われていてそう珍しいものではありません。
> 敗戦でも日本人の精神性は大きくは変わらなかったということでしょうか。

Re: 疑問点

ご回答ありがとうございました。
日頃何の協力もしていないのに質問するのはいかがかと思い、これまでは控えてきたのですが、この大会は不審な点が多く、失礼を省みずさせていただきました。

1はずっと以前、何かで同趣旨のことを読んだおぼろげな記憶があったのですが、確認のためにさせていただきました。

2は当局から当時の文書が公開されない限り、真相不明に終わるかも。

3、4は当時の地方紙に掲載されているかどうか。いずれにしろ沖縄の戦前戦中の分はほとんど現存していないらしいので、これも真相究明は難しそうです。

いよいよ戦後に突入ですが、期待しております。

Re: Re: 疑問点

新潟の読者
コメントありがとうございます。

> いよいよ戦後に突入ですが、期待しております。

実はもう一つ(1942年の神宮国体)あるのです。海草中が国体4連覇の偉業を果たす大会です。
戦後はもう少しだけお待ちください。

> ご回答ありがとうございました。
> 日頃何の協力もしていないのに質問するのはいかがかと思い、これまでは控えてきたのですが、この大会は不審な点が多く、失礼を省みずさせていただきました。
>
> 1はずっと以前、何かで同趣旨のことを読んだおぼろげな記憶があったのですが、確認のためにさせていただきました。
>
> 2は当局から当時の文書が公開されない限り、真相不明に終わるかも。
>
> 3、4は当時の地方紙に掲載されているかどうか。いずれにしろ沖縄の戦前戦中の分はほとんど現存していないらしいので、これも真相究明は難しそうです。
>
> いよいよ戦後に突入ですが、期待しております。
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